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開発が進む兵庫駅南エリア
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その昔、兵庫運河と和田岬周辺は、兵庫津と呼ばれ、神戸市、兵庫県のルーツとも言える歴史のある地域で兵庫城や最初の県庁もこのエリアに建設されました。また神戸港が国際港として発展する礎となった場所なのです。そんな兵庫南エリアも歴史を経て、震災以降街並みが変ってきています。JR兵庫駅南側にスポットをあて散策してみました。
快速停車駅でもあり、三ノ宮まで3駅・5分というアクセスの良さが魅力のJR神戸線「兵庫」駅。駅南側には、阪神・淡路大震災後に兵庫運河(キャナル)をシンボルイメージに再開発されたイースト・中央・ウエストの3棟からなる「キャナルタウン」があり、図書館や郵便局、交番といった行政施設からデイリーニーズをサポートするスーパーやドラッグストア、レストランがあります。建物の前のキャナルタウン駅前広場は、防災避難場所になっており、待ち合わせや憩いの場所にもなっています。また、もしもの時に頼れる医療施設まで生活に必要な施設が多彩に揃い、快適な暮らしをバックアップしてくれます。
快速電車 キャナルウエスト 駅前広場
また、大企業が集まっているのもこのエリアの特長。「兵庫」駅から朝夕の通勤用だけに走るJR和田岬線の「和田岬」駅前には、三菱重工業があり、兵庫運河近くに川崎重工業などの企業があります。昔、運河を利用し船舶が栄えていたこの地は現在でも産業を生み出す重要なエリアなのです。
KOHYO兵庫店
産地、加工の仕方、店頭に出すタイミングなど随所に拘りをもって美味しさを発信するスーパー。牛や豚、鶏など全ての肉は店内で加工し、新鮮そのもの。
神戸市兵庫区駅南通5-3-2
TEL.078-515-5040
午前9時30分~午後10時/無休
http://www.kohyo.co.jp/
神戸市立兵庫図書館
キャナルタウンイーストの2階にある神戸市立兵庫図書館。駅前で便利なので利用者が多い。
神戸市兵庫区駅南通5-1-1・
キャナルタウンイースト2階
午前10時~午後6時/月曜、年末年始
TEL.078-682-9501
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/
57/070/hyogo.html
高層マンションが建つ兵庫駅から南へ国道2号線を渡ると、住宅と小さな工場が点在する街並みに変わります。そこは車の往来も多くなく、のんびりと静かで昔ながらの兵庫の風情が残っています。住民や工場の従業員が利用するのに便利なホームセンターやスーパーがあります。
マルアイ 兵庫松原店
平成19年2月23日にオープンしたばかりのスーパー。通路が広く買いやすく、日々の買い物に便利。消費者と店側の信頼関係を大切に考えた「牛肉のトレーサビリティー制度」も取り入れている。
神戸市兵庫区芦原通り3-2-17
午前8時~午後10時/無休
TEL.078-682-4010
http://www.maruai-super.co.jp/
ホームセンターコーナン 兵庫松原店
住まいと暮らしの改善を目的とした商品を主とする。生活改善・生活創造を目的の来店者には知識やノウハウを、ガーデニングについてはグリーンアドバイザーがわかりやすく、専門的なアドバイスをしてくれる。
平日:午前9時30分~午後9時
(日・祝は午前9時~)/無休
TEL.078-685-0457
http://www.hc-kohnan.com/hc/tenpo/
ten061-080/ten079_matsubara.html
業務スーパー 兵庫店
冷凍食品や乾物を主に販売。名前の通り料理界のプロをターゲットにして創業されたが、良い食材が低価格で手に入るとあって一般の家庭でも多く利用される人気店。
神戸市兵庫区芦原通り4-1-1
午前9時~午後7時/無休
TEL.078-651-5002
http://www.kobebussan.co.jp/shop/
hyogo/hyougo.html
そこから少し東に移動すると、新川運河沿いに「キャナルプロムナード」が現れます。神戸市がこの運河を市民に愛される憩いの場として1993年(平成5年)に、約300mの散歩道を作りました。ライトアップしたプロムナードは水面に揺れるライトが幻想的。運河を覗きこんでみると水質も良く、小魚も泳いでいます。
運河といえば小樽が有名ですが、実は日本最大の運河は兵庫区和田岬にある新川運河(1311m)と兵庫運河(1800m)です。
和田岬が重要な港湾とされたのは、西方から突き出しているため、明石海峡から流れてくる潮流を遮り、偏西風を防ぐことができたからです。明治初期、和田岬沖を迂回する船が、しばしば波浪の難に遭うため、兵庫港から直接西方に抜ける運河が建設されました。そこで当時の兵庫区長・神田兵右衛門が明治7年(1874)年、和田岬を通らずに岬の西側から直接兵庫港へ船が入れるような運河を計画し、着工。当初の計画どおりには進みませんでしたが、2年後の明治9年(1876年)に半円形の新川運河が完成しました。この運河の完成により、天候が悪いときも船が避難できるようになりました。
新川運河が完成しても和田岬を迂回せずともよい運河を作る計画は引き継がれ、明治26年(1893年)には八尾善四郎らにより「兵庫運河株式会社」が作られました。「運河ができることで井戸水が枯れてしまうのでは」といった地元の人々の反対に加え、予想以上の労力と費用がかかったため、最後まで工事にかかわったのは八尾善四郎一人になりましたが、東尻池と既にできている新川運河とを結ぶ、日本最大の運河・兵庫運河の工事は明治29年(1896年)に始まり、約3年をかけて1899(明治32)年にようやく完成しました。長い年月をかけやっと完成した兵庫運河により、船の交通が便利になったことはもちろん、新しい施設もできたため運河の周辺には工場や倉庫が立ち並び、この地の発展に大いに役立にたったのです。
兵庫運河
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